阪神大震災の発生から1月17日で30年を迎えました。震災発生直後に被災地入りした俳優の堀内正美さん(74)は、市民団体「がんばろう!!神戸」やNPO法人「阪神淡路大震災1・17希望の灯り(HANDS)」を設立し、被災地支援や震災の教訓を伝える活動を続けてきました。昨年11月には、自身の経験や震災から学んだ教訓をまとめた著書『喪失、悲嘆、希望 阪神淡路大震災 その先に』を出版し、「30年で解決できなかった課題を未来に生かしてほしい」との願いを込めています。
「がんばろう!!神戸」に込めた思い
堀内さんが震災当時、自身の家族の無事を確認するとすぐ、神戸市長田区の救助活動に向かいました。その後、全国から集まるボランティアを受け入れ、避難所のニーズに応じた支援をマッチングする市民団体を設立。「みんなが持てる知恵と力を出し合い、動き出した」と当時を振り返ります。
避難所では赤ちゃんの入浴のためにお湯を用意する人や場所を提供する人をつなぐなど、具体的なニーズに対応しました。当初は「勝手なことをするな」と批判を受けることもありましたが、堀内さんは支援の輪を広げていきました。ラジオ関西のパーソナリティーとして「がんばろう!!神戸」と呼びかけた言葉は、被災者たちの心に響き、支援の合言葉として定着しました。
活動の原動力――人権への思い
堀内さんの支援活動の背景には、「人権は守られるべきだ」という強い信念があります。幼少期に目にした、筑豊炭田での労働者とその家族の厳しい暮らしを記録した写真集『筑豊のこどもたち』に衝撃を受けたことが原点だと言います。「どんな状況でも人権が守られる社会でなければならない」との思いが、震災を通じた支援活動や啓発活動の根底にあります。
震災では多くの人々が家族や財産を失い、深い悲しみを抱えました。堀内さんは「生き残った人々が誇りをもち、人権を尊重されながら生きられる社会をつくりたい」という願いを胸に、震災の教訓を伝え続けています。
30年で解決できなかった課題
堀内さんが後世に伝えたいのは、震災後に解決できなかった数々の課題です。例えば、100人が身を寄せる避難所で、90個のおにぎりをどう配るかという問題では、「平等」を重視するあまり、分け合う工夫がされなかったと言います。昨年の能登半島地震で同じような避難所運営の課題があると聞き、「30年経っても何も変わっていない」と愕然としたといいます。
「伝えるべきことが伝わっていなかった」と痛感した堀内さんは、「どうすれば解決できるか、そのヒントを見つけてほしい」との願いを込めて、昨年11月に著書を出版しました。
「未来に生かすために」
堀内さんは震災の教訓を次世代に伝え、「未来の災害時に人々がより良い支援や対応を行える社会を築いてほしい」と訴えています。阪神大震災から30年を迎えた今、私たちがこの経験をどう学び、未来にどう生かすかが問われています。