中間淳太、阪神・淡路大震災から30年を語る 被災体験とエンタメへの信念

人気グループ・WEST.のメンバー、中間淳太さん(37)が発生から30年を迎える阪神・淡路大震災について語り、自らの被災体験をもとに、エンターテインメントの力と防災の大切さを訴えました。神戸市中央区で小学1年生の時に被災した中間さんは、震災の記憶やその後の復興支援を通じて感じたことを語り、「伝え続けること」の重要性を強調しました。


「恐竜でも来たのかと思った」—7歳の記憶に残る被災体験

震災当日、午前5時46分52秒に起きた激しい揺れ。中間さんは、「子どもだったので地震とはわからず、恐竜でも来たのかと思った」と振り返ります。自身の弟を守るためにタンスを背中で受け止めた母親の姿は、今でも鮮明に記憶に残っていると語り、当時の避難所生活や通学困難の中での体験も詳細に明かしました。

「街が復興していく様子よりも、人々が助け合っている光景の方が印象的だった」と語る中間さんは、小学生ながら水の配布を手伝ったり、近所の人と物資を分け合う経験を通じて「支え合い」の大切さを実感したといいます。


エンタメの力で元気を届けたい—復興支援とJ-FRIENDSとの出会い

震災後に結成された関西出身のジャニーズユニット「J-FRIENDS」のチャリティー活動に触れ、「笑顔になれたし、すごく勇気をもらった」と話す中間さん。復興支援を目的とした音楽活動に感銘を受け、自身もエンターテインメントの力を活用して被災地に元気を届けたいとの思いを抱くようになったといいます。

2018年には、西日本豪雨災害で被害を受けた愛媛県を訪れ、炊き出しボランティアに参加。「兄ちゃん見たことあるわ」と声をかけられた瞬間の喜びが、彼の支援活動を続けるモチベーションになっています。


防災意識と「ローリングストック」の実践

中間さんは、災害に備えるための食品や日用品を一定量常備する「ローリングストック」を実践しています。特にお気に入りはサバの水煮や焼き鳥の缶詰。「普段の生活の中で備えを意識することが大切」と語り、日々の習慣を通じた防災意識の啓発に努めています。


震災30年、語り継ぐ意義

「自分ができることは、震災を『伝え続けること』」と話す中間さん。被災地神戸の「麒麟ビル」の時計が震災発生時刻で止まったままであることを引き合いに出し、「観光ついででも構わないので見てほしい。感じるものがあると思う」と訴えました。

震災の記憶を忘れず、次世代に伝えていくことが、防災意識の向上につながると信じる中間さん。震災の体験を持つエンターテイナーとして、これからも復興支援や防災啓発に取り組んでいく姿勢を示しました。


中間淳太さんの取り組みは、災害大国日本に住む私たちに、防災の重要性を再認識させるとともに、エンターテインメントが持つ力を改めて感じさせてくれるものでした。

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